風魔忍流護身道とは、現代社会に存在するスポーツ空手でもなければ空手道でもない。
又、人間同志が公の場所で勝負を決し合い、世界チャンピオンを決める格闘技でもない。
我身に危害を与える者には協和の話し合いを求めてもかつ、聞き入れてくれず我身に向かい来る者に対しても許しを求めても一撃我が身に受けた場合、一撃ならずも我が生命に危機が迫った瞬間、一撃にして相手を倒す、倒れたら二度と立ち上がらぬ強力な破壊力を秘めた技を使う。
生か死か一つしかない護身道の立ち会いは二回は無い一回で相手は死か不具者になる。
風魔忍流護道とは、護身術の究極の技である。
私は、カラテの世界チャンピオン格闘技の世界チャンピオンになるなどと夢々思ったことはない。
私の忍流護身道を会得するには常に人間として孤独である。雑念を捨て人間としての煩悩をも捨て去り、一途に強靭な精神力、強靭な忍耐力に勝つことである。
忍流護身道の修業の苦難を超越した者のみが語る人間として愛される平和な生活が見えて来る。
悟りを得られれば、人間社会には闘争はないのである。
幸せな平和な人生を送ろうでありませんか。
風魔 嵐
皆さんは瞑想はやったことはありますか?
瞑想とは目を閉じて静かに考えること。
私が教わったのは「 風魔式瞑想法 」です。
この瞑想法はかなり使えます。問題も解決できます。気分が落ち込んだ時、物事がうまくいかない時もこれをやると一発で解決してしまうんです。究極の瞑想と私は自負しています。
これと正反対なのが、カルト団体や変なヨガ団体がやっている瞑想法です。
こんなことを聞いた事はありませんか?
「 目を閉じて無になれ 」とか「 目が覚めたら違う世界に見えた 」など。
人間の快と不快はドーパミンの量で決まります。
脳内で分泌されるドーパミンの量が多ければ多いほど、人は幸せや快感を感じることになります。
瞑想などでこれ多く出す方法はいくらでもあります。
この行為自体は別になんも問題ありません。
「 問題なのは、そのやり方で問題を解決しようとすること 」がそもそも間違いです。
例えば
「 何も考えるな、無になれ 」
※これは何も意味がありません、何も考えなかったら問題の解決の糸口すら見えてきません。ハッキリ言って、横になって寝た方が早いのです。
もし問題などに遭遇したときは間違った瞑想をしないで、風魔式瞑想法をマスターするか、あるいは自分の頭で考えるか、それか明日のために早く寝ることをオススメします。
「 目の前の問題はマスターベーションで解決しません 」
【 心 】 是 【 技 】 成り
【 技 】 是 【 心 】 成り
風魔忍流護身道
宗家三十八代
統領 風魔 拳心
これは師匠が死ぬまえに私に書いて残してくれたものです。
数々の病魔におかされて、辛いはずにもかかわらず師匠は筆をとり、穏やかな表情で書きはじめた。
書き終わると私に渡し「 これを悟りなさい 」と言われて、師匠のとなりにいた奥さん(風魔 茜)も私の方を見て微笑んだ。
でも、二人はもうここにいない・・・
あの時の事を思い出しながら書いてたら、何故か涙が自然に流れる。
それは、嬉しい涙であり、悲しい涙でもある。
私の人生を大きく変えたことに感謝しきれない気持ちでいっぱいです。
人生とは不思議なものだ。
★【 お詫び 】
過去、私がご紹介させていただいた方々のほとんど(全員でありません)が、残念な事に次々と宣言と行動を真逆にしてしまいました。声高に社会的不和と戦う事を宣言していたにも関わらず、実際は反社会勢力に阿りはべる行動しかとっていません。非常に残念な事ですが、念のために時間をかけて観察しましたが、結果はより酷くなる一方でした。そいた方々を紹介してしまったことを深く反省し、ここにお詫びいたします。
この事は、人の行動や心理を研究し、時にサポートしてきた自分にとっても非常にショックを受ける出来事でした。困難な時代だと言われていますが、それ以上に社会の状況は悪化しています。極めて深刻な状況に突入しているわけですが、だからこそ、自分自身はもとより、すべての事に対して、しっかりと精査しながら行動を決めていきたいと思います。
★私、菊地 英司(XAN)に起こった負の体験。
DV、貧困、飢餓、イジメ、詐欺、性被害、カルト被害、殺人未遂、寝ている時に襲撃、セクハラ被害、パワハラ被害、モラハラ被害、拉致、電気事故、水難事故、高い所からの転落事故、交通事故(衝突事故は一回、車が横転した事故は二回、車に牽かれた経験は三回)、暴力団による集団暴行被害、デマ被害、ストーカー被害、洗脳被害、人種差別被害
等。
不幸自慢に気が付かないことが多くて、ガッカリさせてしまうことが多いようです。
最近気が付いて振り返ってみて、自分が体験して流れ去ったものだから、ということが理由だという気がします。
思い出すだけで涙が自然と流れる悲しい出来事、痛い、辛い出来事に多く遭遇しました。たくさんの死も。
こうしたことは好んで体験したわけでもないし、2度と遭遇したくないので、冒頭には負の体験と書きました。
ですが、こうした経験から得られたモノは大きく、学びがあったこともたしかです。
体験し、経験として昇華したからこそ、人の苦しみ、痛み、寂しさも、察する感性に繋がったのだと思います。
例えば、生理痛、陣痛は男性である私の体では体験できないので、それについては詳しく語れません。体験したことは、知識や知恵に繋がり、そこから自分の言葉が出てくるのではないでしょうか。
痛みを知ったから、辛さを知ったから、他者に同じ思いをさせるものかと思う。
それが、私の感性ですし、私に道を示してくれた先人の感性でもありました。
現在、他人や社会に迷惑をかけても何とも思わない人間が増えたという事実を私たちは突きつけられています。
他人の痛みを無視し、自分の欲望だけを満たそうとする者は、「 痛み知らず、恥知らず 」だと私は思います。
そうならないためにこの動画(画像をクリックすると観れます)を以前アップしました。
それから、今、傷をもてあましているあなたへ。
受けたキズをどうするか?についてはブログのどこかに書いてありますので、探してみて下さい。
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